ロボットとバックアップとクローンと(http://d.hatena.ne.jp/hinoharu/20080411 )
この辺りが元?
もうこれ伺か関係ない気はするけど、まぁいいや。
「個体」 っていうのは「共産主義に対する強烈な嫌悪」という呪縛(?)があるので、資本主義社会内である種の洗脳的にある概念じゃないかと、最近、価値観を疑うようになった。
いや、大体、25歳くらいをすぎると、そういう価値観になるのかもしれない。
多分、子を持った親なら、こういう思いは尚更だろう。(という気がする)
「自分自身」という存在より、他者(といってもこの場合は自身と関連の深い他者=家族)への意識が強まると、アイデンティティー的なものは弱まっていくんじゃないかと。
「個人」っていう概念は、理性の管理下で生み出された感覚で、本能レベルでは「人間」として、「全体」が生きることを優先する仕組みがある気がする。
その意味じゃ、生き残るべきは自身のコピーよりも、自身より優れた、より若い存在と考えるようになるかもしれない。むしろコピーの繰り返しで、延々に「自分」という存在が残り続けることは、生理的な嫌悪感すら感じるかもしれない。(自身のコピーを残すことが生存上有利なら、分裂で子孫を残す仕組みのまま進化していったと思う)
コピーが残ることは事実上の不老不死になるし、不老不死に対するある種の「倫理的」な問題や、それに対する危機感は、個人の死より、全体の死に対する恐れから来るのかもしれない。
・・・なんとなくだけれど、睡眠欲にこれは似ている。一種ネガティブとされている欲の方向性だけれど、それは短期的に見た場合の結論で、全体的に見ればプラスになるはずなのに。
目先のことばかり考える現代社会的発想だ、とか言ったらめっちゃ上から目線だね!
話がそれたけれど、ロボット三原則からみれば、実はロボットにはこの価値観が抜けていて、第零法則なるものが追加された・・・とある。(Wikipediaより)
多分、先の利益のために目先の損を無視するっていう思考は、一般化が進んでいない。結果の計測が困難なのもそうだけど、最初に書いた「呪縛」も困難にしている一因だと思う。
なんだか結論のないエントリだなぁ。
ポストモダン(笑)